あなたのこども達です

最近、朝を迎えるのが怖いです。

今日一日何をしようと考えてしまうからです。


一日の予定が決まっていれば、事を起こさない自分に言い訳が出来ます。

逆に、何もなければ落ち込みます。

そんな、日々は自分を甘やかし、そして傷つけています。


迫ってくる明日という日の不安から逃げ出したくて

「私は、どうしてここにいる?」
一日に何度も何度も問いかけています。

何回問いかけてもやっぱり同じ答えにたどり着き、安心する、その繰り返しです。

昨日の雨は、近くを流れる川の水かさを大幅に増すほどの強いものでした。

窓の外の木も、葉が随分落とされています。

空けすけになり、細い枝が見え始めていました。


あの木が、葉っぱを全部落とすのが先か私の仕事が決まるのが先かと、

無駄な闘争心を起こす元気はまだまだたっぷりとあります。


真似するなって「最後の一葉」の作者オーヘンリーに言われそうですけどね。


私の部屋の壁に、幼い頃の4人に子供たちの写真がかけてあります。

色あせて戦時中の白黒写真のようで可哀想です。


アルバムの中の写真を数枚ほしい旨のメールを子供達の父親にしました。

ついでに使っていない国語辞典があれば譲ってもらいたいとも言いました。

私は、基本子供達が住んでいる家に行く時には用件と日時を子供達と父親に報告する事になっています。


要するに勝手に出入りしてもらっては困るということです。

当然の事だと納得していますので、その都度報告をして了解を得ています。


その約束事を守ってさえいれば、子供達も子供達の父親も大人の対応をしてくれます。


これは、私にとっては大変ありがたい事です。


子供達の父親からは、辞典は探しておくと言われ、

写真は自由に持っていて構わないと言ってもらえました。

そのメールには「日々好日」


という言葉が添えられていました。

そして、もうひとつ


「あなたの子供達です」


という言葉もありました。